agendaスタッフ・保坂昌子さん ものづくりと接客の両立で見えた仕事の喜び

 JR上野駅に近い東京藝術大学。その前の道をひたすら道なりに歩いた先に、そのお店はあった。ガラスの扉を開けると、そこに並んでいるのは個性豊かなバッグ。ここはボーデッサン直営のお店、アジェンダだ。扉近くの螺旋階段をおりると、そこにもまたバッグが並んでいる。

一階と違うのは、そこにミシンがあること。高い位置にある窓からは、道行く人の足元が見える。窓の外からは、この店で居心地よさそうに定位置についているバッグと、そして、ここで働く彼女の横顔も時々見えるかもしれない。

彼女の名は保坂昌子さん。このお店がオープンした時からずっと、この秘密基地のような心地よい空間を作り続けている人だ。

「以前は別の会社でバッグ作りの職人として3年ほど働きました。退職後しばらくして、このお店で働きませんかというお話をいただいて。学生時代からなじみの街にできるお店と聞いて、びっくりしました」

 実は、保坂さんが卒業したのは東京藝術大学だ。そこで銅版画を学んだのち、バッグ作りの道へ入ったという。

「前の会社では1からバッグ作りの基礎を学びました。やってみて思ったのは、銅版画とバッグ作りは似ているところがあるということ。銅版画も、銅板に描いた後、刷るという工程があります。しかも、刷り師と呼ばれる人がいるほど専門的なもの。バッグも、机上でデザインするだけでは終わらず、そこから作る工程がありますよね」

 ただし、銅版画は平面から平面にするものなのに対して、バッグ作りは平面から立体へ次元が変わる。そこも、保坂さんには面白く感じられたそうだ。

「バッグ作りでは、1mmの差で形ができないことがあります。数学脳というか、これまで使っていなかった脳を使うような、そんな感じがしました」

そして、作品を通して自己表現することを促される大学時代との違いも感じたという。

「仕事を始めたばかりの頃、職人さんが仕事をしている横で教えてもらったのですが、その時、『やっぱり職人さんは違うな』と感動しました。もともと私は『自分が自分が』というタイプではないのですが、売り物になるものを作るのだという責任感を感じました。だからこそ、手に取ってもらうにはどうすればいいのか、使ってもらうにはどうすればいいか考えるのが面白いんですよね」

お店にまつわるあらゆることを担当している保坂さんだが、その仕事は大きく分けて三つある。一つめはお店での接客。もう二つめはオリジナルアイテムの製作。三つめはワークショップの開催だ。

 もともとアジェンダは店内にミシンを置き、ここでオリジナルアイテムを作る予定でつくられたお店。そのため、接客に加えてバッグ作りができる保坂さんの存在は必要不可欠なのだ。

 ものづくりからキャリアをスタートした保坂さんは、接客の楽しさをこう話す。

「うちのお客様はこだわりを持っていらっしゃいます。そのため、『この素材は何ですか?』と聞かれた時、『牛革です』という答えで満足される方はほとんどいません。どこの産地か、どんななめし方をした革なのか、長く使ったらどうなるか、というところまでお伝えした方が喜んでいただけます。そして、買っていただいたら終わりではなく、むしろ買っていただいてからがスタートなんです」

 保坂さんはまず、お客様がどういう用途でどう使いたいのかをお聞きするという。そして、場合によっては、「その使い方であれば、これはやめた方がいいですよ」とはっきり伝えることもあるという。

どんどん売ればいいというわけではなく、本当に満足して買っていただき、そして長く使ってほしい。そう思うからこそ、お客様が本当に求めているものや、お客様の用途に合ったバッグを勧めたいのだという。

「だから、『買ってよかった!』というお客様のフィードバッグをいただくと嬉しいんです。それがこの仕事の醍醐味かもしれません。お店にいると、その醍醐味をより強く感じられます」

 はにかみながらそう教えてくれた保坂さんは、接客の合間はミシンに向かっている。

アジェンダオリジナル商品は、企画担当の市澤仁さんと一緒に企画を練り上げたあと、サンプル作りから量産まですべて保坂さんが一人で担当している。こうして作り上げたオリジナル商品の中でも特に人気なのが、帆布のエコバッグだ。

このオリジナルエコバッグは人気がありすぎて、作ってもすぐに売り切れてしまうほど。このバッグは、「Tシャツのデザインをシルクスクリーンで完成させるような感覚でバッグをつくってみよう」という発想から生まれたもの。大学時代に銅版画を専攻していた保坂さんの強みが存分に生かされた逸品だ。

「ちょっと面白いものは、保坂さんの担当」。

ボーデッサンの社内では、そんな暗黙の了解がいつの間にか生まれているらしい。ボーデッサンの他の店舗がオープンする時には、「バッグの生地でテディベアを作ってノベルティとして配りたい」というオーダーが保坂さんに寄せられた。

しかし、バッグ生地は、通常ぬいぐるみに使われる生地よりも厚くて硬い。だから、バッグ生地で丸みを帯びたテディベアを作るのは至難の業だ。それでも保坂さんは、迷いのないミシン目でふっくらと愛らしいフォルムを描いたテディベアを完成させてしまった。美術というバッグボーンを持つ保坂さんの引き出しの多さが、それ以降もさまざまな形で生かされていったのは想像に難くない。

 接客や製作の他に、保坂さんが楽しみながら行っているのが、バッグのワークショップだ。藝大で培ったネットワークを生かし、社内外の人々と一緒にワークショップを行っている。バッグに親しみ、楽しんでもらえるワークショップの一つがnino bag workshopだ。

https://agenda.beau-dessin.com/blog/2020/03/16/200614

これは参加者がバッグに好きな絵を描き、部品をつけて完成させるというもの。バッグ生地はあらかじめトート型かサコッシュ型に成形されている。参加者は好みの型を選び、そこに自由に絵を描いていく。ユニークなのは、成形されたバッグ生地にあらかじめ保坂さんがミシンでステッチを入れていること。その理由を保坂さんはこう話してくれた。

「まったくの無地だと、なにをどう描いていいかわからない方も多いんじゃないかな、と思いまして。でも、生地にステッチを入れておくと、そこからイメージを膨らませて絵を描くことができるんですよね。実際、子どもたちはこちらの想像をどんどん超えていきます」

 例えば、もくもくとした雲のようなラインのステッチは傘になり、凸のようなラインのステッチは建物になる。ステッチが入っているだけで、参加者の想像力がどんどん広がっていくのだ。

 そんな保坂さんに、仕事の喜びについて聞いてみた。

「お客さんが喜んで買ってくださることも、自分が作ったものに反応があることも、作っているバッグが出来上がった時も嬉しいんですよね。そういう日々の『嬉しいこと』の積み重ねだと思います。以前はご近所の方や街歩きの方がふらっと入ってきてくださることが多かったのですが、最近はネットで見た商品を手に取って確かめたいといらっしゃる方も増えています。だからこそ、一回一回の接客を丁寧に行って、お客様に満足していただけたらと思っています」

 作り手でありながら、使い手と最も近い場所にいる保坂さん。バッグを媒介に、作る人と使う人をつなげる彼女の柔らかな笑顔と芯のある思いは、これからもボーデッサンのものづくりを支えていくことだろう。