縫製職人・長島則之さん 前編『0.5mmのズレも逃さない 縫製職人のこだわりが生み出す革財布の 精巧な美しさ』

 この部屋で最も明るい窓際に並ぶ、無骨なミシン。長島則之さんがいつもの一台の前に座ると、ミシンは軽やかにリズムを刻み始めた。タタタタタタタタタタ…。

 その音は長島さんの心音なのではないだろうか。そう思ってしまうほど、長島さんはまるで自分の体の一部のようにミシンを自在に操る。そして、革とファスナー、スウェードという三枚の生地を寸分の狂いもなくL字型に縫いあげた。

 ボーデッサンに入社して23年目の長島さんは、縫製部門の責任者を務める縫製職人だ。「職人はみんなそうですけど、ミシンの不調は音を聞いただけでわかります。毎日聞いている音ですから。人にお願いすると時間がもったいないので、メンテナンスも自分でやります。それも含めてできるようになると、一人前と言えるのかも。肝心な時にミシンが止まると仕事にならないから、しょっちゅう油をさしてます」

 職人と聞いて勝手に寡黙な人物像を想像していたが、長島さんは明るい笑顔でよく笑う。

「以前も皮革小物のメーカーで12年働いていたのですが、その会社では管理の仕事をしていました。制作は外注だったので、職人さんに発注したり、後口(材料)を手配したり。本当は作る方をやりたかったんですけどね」

 「将来は歯科技工士になったら?」と親に言われるほど、子どもの頃から手先が器用だった長島さん。今の趣味はDIYで、何か欲しいものがあると自分で作るという。ガレージの内装も自分で手掛けたほどだ。そんな長島さんの転機は30歳の時。前の会社の業績が悪化し、希望退職者の募集に手をあげた。すでに転職していた先輩に誘われて転職した先が、ボーデッサンだったというわけだ。決め手になったのは、念願の「作り手側」に回れることだったという。

「最初の10数年はバッグを担当していました。5年ほど前からうちの会社でも小物を扱うようになり、それを機に独学で財布づくりを始めました。今では財布をメインに担当していて、展示会のシーズンだけ、バッグのサンプル作りをやっています」

 さらりとこう話すが、皮革職人の世界では、バッグも財布も手掛けられるのは珍しい。というのも、バッグづくりと財布づくりは違うことだらけだからだ。

 まず、材料が違う。使う革の厚さはバッグなら1,5mmのものが多いが、財布は1mm。まるで紙のような薄さだ。バッグに比べて革が薄いから、使う糸や針も細くなる。だから、針の目も細かくなる。面積の小さい革を細い糸と針で細かく縫っていく。

「バッグはパーツが大きいですし、糸も針も太いから、生地の合わせ部分や縫い目の位置が1〜2mmズレてしまっても、それほど目立たないんです。でも、財布の方は生地の貼り方や縫い目の位置がほんの0.5mmズレただけでバランスが崩れてしまう。そこが難しいところですね。また、求められるシルエットや雰囲気も、バッグと財布では異なります。ボーデッサンのバッグは革の質感を楽しめるような、ふんわりとしたシルエットが特徴です。ですから、バッグづくりではいかにふんわり感や可愛らしさを出せるかが勝負。一方、財布づくりでは細かいパーツを同じ幅で縫い合わせていき、いかにピシッと仕上げるかが重要なのです」

 0.5mmのズレも出さずに縫っていき、キリッとした財布に仕上げるのが楽しい、と長島さん。「不思議なもので、ずっと目の細かい縫い方をしていると、ミシンもそういう動き方になってくるんですよ。バッグを縫おうと針を変えても、いい感じのミシン目が出ないんです。ミシンの方も『俺、財布担当なんだけど!』とびっくりしているのかもしれませんね(笑)」

 作るものによってミシンの動かし方が変わるから、作るものが変わればミシンを調整しなければいけない。だから、普通の職人はバッグならバッグだけ、財布なら財布だけしか作らないという。
「ただ、うちはバッグを手掛ける職人もいるので、バッグのサンプルを作る時は、いつもバッグを縫っているミシンを借りてやっています」

 ただし、バッグに財布にも同じように求められる能力もあるという。
「それは、想像力です。ものがどんな材料をどう使ってどう組み立てられているのか、どういうアプローチをすればどんな形になるのか…。想像力と創意工夫が大切だと思います」

 加えて、必要なのがコミュニケーション能力だ「企画職のスタッフから『こういうものを作ってください』と言われた時、ただ言われた通りに作るのではなく、どんなニュアンスが求められているのかを汲み取ることも必要です。そのニュアンスを出すために、ファスナーの幅はどのくらいがいいのか、縫い目を少しカーブさせた方がいいのか。ちょっとした違いが、仕上がりを左右しますから」

 0.5mm単位にこだわり、いいものを作る。その喜びが、窓辺のミシンに向き合う長島さんの横顔に溢れていた。