縫製職人・長島則之さん 後編『職人術をチームワークに昇華させる縫製職人のリーダーシップ』

 縫製職人としてボーデッサンのものづくりを支える長島則之さん。バッグの縫製でキャリアを積み、5年ほど前からは財布の縫製を担当している。年間に手掛ける製品は、定番と新規を合わせて30~40アイテム。しかも、そのそれぞれに色違いがあり、膨大な数になる。

 縫製職人は、社内の裁断部門が裁断した数十にも及ぶパーツを縫い合わせ、複雑かつ繊細な作業で仕上げていくのが仕事だ。彼の頭の中にはその工程のすべてが叩き込まれている。だから、何も見なくても手が動き、平面の革を立体的な財布へと生まれ変わらせることができる。

 にもかかわらず、長島さんは毎回必ず仕様書を作る。仕様書とは、どのパーツをどの順番で貼り合わせるのかといった手順が書かれている設計図のようなもの。驚くのはその細かさだ。ファスナーのテープの部分は何ミリ出すのか、カードポケットになる生地は線を隠すように置くのか、それとも線を出すように置くのか…。図に細かい指定を書き込んでいく。

 なぜ、頭の中に入っている仕様書をここまで細かく書くのだろうか。「僕だけでなく、3人のパートさんと一緒に作っているからです。ミシンをかけて縫うのは僕だけですが、縫う前にあらかじめ生地を貼り合わせ、小口の処理をするのはパートさんのお仕事。しかし、パートさんの中には未経験の新人さんもいますし、ベテランの方もいます。全員に同じ作業をしてもらうためには、ぱっと見て誰もがわかるようにしておく必要があるんです」

 そのための工夫は、仕様書だけでない。生地を貼る位置に線を引く時など、誰でも正確にできるよう、型紙やオリジナル定規をあらかじめ用意しておく。そうすれば、誰でも生地パーツにその型紙を置き、仕様書で指定された位置に正確に線が引けるからだ。

 普通、縫製職人はわざわざ型紙を作ったりはしない。その多くは夫婦や家族で仕事をしているため、そうした手間をかける必要がないためだ。長島さんも、自分一人の仕事ならこの手間はかけないし、こうした手間をかけようとも思わなかっただろう。

 チームで仕事をするにはどうすればいいか。手順を一つひとつ分解し、初心者がつまずきやすい部分をピックアップし、それをクリアするための方法を考える。職人の頭の中と技術に頼っていた生産工程を、長島さんはチームで共有できるシステムとして整備したのだ。こうした視点は、前職で生産管理を担当していた経験が生きているのだろう。

 現在、財布だけでなくバッグも含む縫製部門の責任者を務める長島さんには、心掛けていることがある。それは、「みんなが気持ちよく仕事ができる雰囲気をつくる」ということ。「ぎすぎすした空気だと、みんな緊張しちゃいますから。ピリピリした職場では、わからないことがあっても僕や周りの人に質問できなくなっちゃうんですよね。でも、職場の雰囲気がいいと仕事の流れがよくなるんですよ。だから、みんなには『なんでも聞いてね』って言ってます」

 みんなに気持ちよく仕事をしてもらうために、様々な工夫をする長島さん。「でもね、僕が助けられることも多いんです。僕に余裕がない時、パートさんから『この工程、忘れてますよ』って教えてもらったりね」

 それがチームとして仕事をする良さだという。そんな長島さんにとってのチームは、何も縫製部門や財布チームのメンバーだけではない。だからこそ、ものづくりには技術以外の力が求められる。「僕らの仕事は、企画担当者からどんなものを作りたいかを聞くところから始まります。その時に、いかに企画担当者の思いを汲み取れるかが大事だと思うんです。ここにカーブを付けたほうがいいのか、縫い目をどの位置に持ってくるか、カッコいい感じにしたいのか、かわいい感じにしたいのか。細かく聞き、質問した時の相手の反応を見て、細かいニュアンスを汲み取っていきます。でないと、サンプルが出来上がってから『こうじゃないんだけどな…』となってしまいますから。僕らとしても、一度でビシッと決めたいので」

 企画を担当する市澤さんは、そんな長島さんのこまやかさをこう評する。「長島さんのすごいところは、複雑なデザインでも的確に形にしてくれること。一方、シンプルなものは、形の美しさを出してくれるんです。職人としては、直線でバーッと塗ってしまう方が楽なのに、あえてカーブをつけたり、ぱっと見ではわからないような細かい仕事をしてくれる。だからこそ、出来上がりに違いが出るのだと思います」

 とはいえ、製品として量産するには、手間をかけるところと効率よく進めるところを見極めることも重要だ。どこに重点を置くかを企画担当者と話し合いながら、一つの製品を作り上げていく。

「皮革製品を買ってくださる方は、道具以上の何かを求めてくださっていると思うんです。だからこそ、財布やキーケース、パスケースなど、僕がこの仕事を始めたころに比べ、皮革製品の需要は増えているのでしょう。ただ、20年前に比べて職人の数は減っていますね。そこが一番気になるところです」

 しかし、2019年4月、縫製部門に数年ぶりの新入社員が入った。「年齢を重ねるとどうしても視力が悪くなったり、体力が落ちたりしますが、職人としてクオリティを維持しつつ、自分の知識や技術を若い人に伝えなければと思っています。これからは次世代をしっかり育てていきたいですね」

その情熱とともに、長島さんの技術は若い世代に確実に受け継がれていくことだろう。