縫製職人・三吉正之さん 後編 『「卒業生」と支えあう 生涯現役を目指す職人の流儀』

 バッグの縫製職人として30年近いキャリアを持つ三吉正之さん。母と妻の3人で「バッグ工房三吉」を営み、ボーデッサンのバッグをサンプル から量産まで手掛けている。

 その仕事は、ボーデッサンの裁断士が裁断したパーツを受け取るところから始まる。革のパーツの断面を色付けし、磨き、組み立てながら縫い 合わせていく。

 職人の高い技術が求められる「縫う」作業は三吉さんが行うが、そこに到るまでには実にさまざまな工程がある。そのため、工房内でともに働 く母や妻に加えて、外部スタッフはみんな、かつてボーデッサンで働いた、いわば「卒業生」だ。

「女性は結婚や出産を機に会社や仕事をやめる人が多いので、そうした人に家庭と両立できる形で手伝ってもらっています。誰でもできる仕事じゃ ないからこそ、経験がある人の腕を生かしてもらえればと思って。私とカミさんが出会ったのも、ボーデッサンでした。家業を継ぐと決めてから カミサンにも縫製職人の経験を積んでもらって、一緒にこの仕事をしています。妻も母もそうですが、女性は細かいことを丁寧にやってくれるの で、仕事のクオリティが上がるんです。だから、本当にありがたいですね。」

 そうしみじみ語る三吉さんの横で、妻と母が黙々と作業を進めていく。母がある工程を終えると、妻がさっと手を伸ばしてそのパーツを受け取り 次の工程に入る。見事な連携だ。

三吉さんにミシン掛けを見せてもらった。その速さはもちろんのこと、目を見張るのはその正確さだ。寸分の狂いもなく、まっすぐに生地を貫い ていく。しかし、難しいのは曲線だという。

「ミシンで曲線を縫うと、どうしてもミシン目が粗くなってしまうんです。曲線を縫う時は生地をわずかに引っ張りながらミシン目を調整してい ます。革は、部位によって伸びやすくなったり、厚みによって縫い目が斜めになったりする素材。ですから、ただミシンを踏んでダダダッと縫う のではなく、部位や厚みに合わせて手でスピードを調整していくのです。」

 何枚もミシン掛けをしていると、途中でいつの間にかミシンの糸が無くなっている事がある。そんな時は、もう一度同じところを縫うことにな る。しかし、闇雲に縫ってしまうと、ミシンの針が貫いた穴が目立ってしまう。そこで、すでに空いた穴に針を落とすようにして、先に空いたミ シン目のピッチに合わせて縫っていく。こうした繊細な調整と仕上げこそが、機械では決してできない職人の技術力なのだ。

 三吉さんの技術力の高さは、ミシン掛け以外でも発揮される。その代表が、「革を漉く(薄くする)」作業だ。布の生地と違って革は厚みがある ため、そのままだと折り返すのも縫うのも難しい。そのため、専用の機械で革を漉く。薄くなれば縫いやすくなり、作業の効率も上がる。しかし、 革を薄く漉きすぎると、仕上がったバッグは痩せた感じに見えてします。ボーデッサンのバッグは本体に芯材を入れないため、なおさら革の漉き 具合が仕上がりを左右する。そして、三吉さんはちょうどいい具合に革を漉くのが抜群に上手いと評判なのだ。

「こういう仕事をしているとよく、器用だと思われるんですが、自分はもともと器用な方じゃないんです。」  そう言いながら、革の上を走らせたミシン目は見事なまでにまっすぐだ。「自分は器用ではない」と言える謙虚さと冷静さがあるからこそ、 三吉さんは30年近く、職人として鍛錬を重ねられるのかもしれない。

「バッグ作りに教本みたいなものがあったとしても、その通りにはなかなか行かないんですよ。デザイナーのイメージ通りに作ると同時に、職人 はいかにムダなく量産できるかということも大切。といっても、それは手を抜くことではないんです。職人の仕事は、技術+段取りなんだと思い ますね」

 この仕事で食べていく。そう覚悟をし、養っている職人だからこそ、質のいいものを効率よく仕上げ、決められた納期までにきっちり納品する。 それができてこそ、ものづくりのプロと言えるのだ。

 三吉さんには、目標がある。それは、職人として「生涯現役」を貫くこと。

「生涯現役は、父の望みでもありました。『俺は死ぬまで職人だ』とよく言っていましたから。父は脳梗塞で入院したのですが、退院したその日に 仕事をしていたほどです。丁稚奉公から始めた人の根性は違うなとしみじみ思いましたね」

そんな父と工房を支えてきた母は、今も現役で仕事をしている。

「母に『休んでいいんだからね』と言うんですけど、私たちが働いていると気になるらしくて。『何かやることある?』と聞いてくれるんですよ」

 若い頃はずいぶん迷惑を掛けました、と話す声に、母への感謝がにじむ。

三吉さんが席を外した隙に、妻から見た三吉さんとはどんな人か、こっそり教えてもらった。

「技術を持って自分の道を貫いているところがすごいなと思います。子供達には、その背中を見て欲しいですね」

  そう、三吉さんには息子が二人いるのだ。戻ってきた三吉さんに、後継について尋ねてみると、腕一本で生きてきた職人の顔になった。 「継いでくれたら嬉しいけど、こればっかりはなんとも言えませんね。それに、やっぱり仕事って人様に怒られないと上手くならないと思うんで す。息子たちがこの仕事を継ぐなら、しっかり外で修行してもらわないと。」

 しかし、30年近い職人の目は、次の世代へと注がれている。

「これからどんどん職人が高齢化していくと思いますが、若い人の中にも仕事ができる人もいます。だからこそ、この勢いのまま、進んで生きた いですね。そして、職人の世界をよりよい状態にしていけたらと思っています」

 熱い想いを胸に秘める縫製職人は今日もまた、その技術で美しいバッグを作り続けている。