縫製職人・三吉正之さん 前編 『一枚の革に息を吹き込む 縫製職人の心踊る瞬間』

「この道に入ったのは、二十歳の時です。」

自宅に併設された仕事場で正座した膝に両手を置き、こちらをまっすぐに見ながら三吉正之さんが言った。

「自分の父親が職人でしてね。母と二人三脚でこの仕事をしていました。でも、若いころの私は、バッグづくりをやろうなんて思ってなかったん です。」

歌舞伎役者のような大きな目を細めて明るく笑う。笑うと、とたんにやんちゃ坊主のような顔になる。

そんな三吉さんの気持ちを動かしたのが、ボーデッサンの社長だったという。

「『やってみないか』と誘っていただきましてね。ちょうど自社工場ができて、生産に力を入れ始めた時期だったんです。」

 社員として入社し、最初は裁断部門へ配属された。父が縫製職人だった三吉さんにとって、裁断は未知の領域。そこでバッグ作りのスタート から学び、1年で縫製部門へ異動となった。

縫製職人の仕事は縫うだけではない。裁断士が細心の注意を払って裁断したパーツを受け取り、その後の工程をすべて引き受けて完成させる。

 例えば、コバ塗りとコバ磨き。これは革の裁断面に色を塗って磨き、断面をきれいに仕上げる作業だ。ハンドル部分のような手に触れる部分は 特に滑らかに仕上げるし、2枚の革を貼り合わせて縫う場合は継ぎ目を消したりもする。

 裁断面の処理には、別の方法もある。裁断面を折り返して縫うのだ。しかし、革は布と違って厚みがあるので、折って縫うのが難しい。その ため、革を漉く(薄くする)作業もしなければならない。

 そして、パーツを縫い合わせて立体にする「組み立て」へと進む。縫製職人とは、バラバラだった革のパーツに息を吹き込み、バッグとして生 みだす仕事なのだ。

これらの技術を着実に身につけていった三吉さんが転機を迎えたのは27歳の頃。入社して7年が径っていた。

「自分がどれだけできるのか、力を試したい。そんな気持ちが芽生えたんです。」

自分の腕一本で勝負している父の背中を見て育ったことも影響しているようだ。

「初めは、自分一人でやろうと思っていたんです。『このやり方でやっていれば、給料分くらい稼げるだろう』って。でも、そんなに甘いもんじゃ ありませんでした。できると思っていたことができなっかたりしてね。やっぱり一人より二人でやったほうがいいと思って、父に頭を下げて頼ん だんです。『一緒にやらせてほしい』って。」

 職人の世界では、バッグを1個ではなく、一本と数える。

「我々職人は、一本いくらの世界。そして、何より、自分が作ったものをいかに素敵だなと思ってもらえるか。そうやって父はずっと勝負してきた んだということがわかりました。でも、独立したばかりの時より、今の方が父の偉大さを感じますね。父はもう病気で亡くなってしまったのです が、もっといろんな話を聞いておけばよかったなと思いますね。」

それでも、独立してよかったという。

「自分の評価がダイレクトにわかりますから」

目をそらさずきっぱりと言い切る顔が頼もしい。

実際、職人として30年近いキャリアを持つ三吉さんは、ボーデッサンのバッグを知り尽くしている。同じ型紙でも、職人の技術によって出来上 がりは違ってくるという。

「三吉さんは、デザインの意図を汲んで形にしてくれるんです」と、デザイナーの信頼も厚い。そのため、サンプル作りから任されることもしば しば。サンプルを手がけた製品は、量産も任せられる。

「サンプルを作る時は、実は不安なんです。『こういうイメージでお願いします』と言われたものがちゃんとできるか、自分の考えがあっているか。 でも、だんだんと形になっていくのが面白いですね。ハンドルをつけて裏地を落としたとき、ボーデッサンの特徴がしっかり出たものに仕上がる と、そこでやっと満足するんです。」

 職人として、精魂込めて使ったからこそ、愛着もひとしおだ。

「出来上がりを見ながらお酒を飲みたいって思うほど。街で偶然、自分の作ったバッグを使っている人を見かけたらもう、嬉しくて嬉しくて。『あ りがとうございます』って声をかけたいけど、そこはぐっと我慢です(笑)」

 照れくさそうにその大きな目を細める。その顔は、好きなことに夢中になっている、やんちゃ坊主のような笑顔だった。