裁断士・秋田浩さん 後編 『他ではできない職人技を支える強い革愛』

ボーデッサンの裁断部門のトップを務める秋田浩さん。世の中に星の数ほど仕事がある中で、彼はいかにして裁断士という仕事に出会い、 そして選んだのだろう。

「僕は草加市(工場のある埼玉県草加市)の隣の越谷市出身なのですが、中学時代から革に興味がありました。それで、20歳の時に靴の会社に 入社したんです。その会社で13年間、靴の裁断士をしていました。」

その会社がなくなることになり、次の職場をさがしていた時のこと。ボーデッサンが従業員を募集していることを知った。こうして靴の裁断士 からバッグの裁断士になったわけだが、同じ革の裁断士という仕事でも、だいぶ勝手が違ったようだ。

「靴に比べてバッグはパーツが大きく、必要なパーツ数も多いんです。裁断士としてやっていたからこそ、バッグの裁断を始めた頃は感覚が つかめず、苦労しました。」

そう本人は打ち明けるが、平成12年12月12日に入社して18年、バッグの裁断士として着実にキャリアを積み、現在は裁断部門の責任者を 務める。

前職と合わせて32年もの間、裁断士として革に関わっているが、靴の裁断士だった頃よりも革への好き度が増しているという。それをよく 表しているのが、15年も愛用している財布だ。

「うちの製品なんですが、イタリアのバタラッシィ社のミネルヴァというブランド革を使っています。このミネルヴァという革は、使ううちに 光沢が出てくるものなんですよ。」

落ち着いた語り口が、革への愛を語り始めると弾むのがわかる。秋田さんにお願いして、自慢の一品を見せてもらった。革のプロがほれ込んだ だけあって、それは美しい革の財布だった。チョコレート色の革が鏡面のように光り、向かいを通ったスタッフの姿が映り込んでいる。

「いい革って、見ているだけで幸せなんですよね。うちはいい革を使っているので、サンプルを作っている段階から『これを買おう!』と思うこと もあるんです。実は私が一番、うちの製品のファンなのかもしれません。」

では、いい革とは具体的にどんな革を指すのだろう。

「私にとっては、単に高価な革を使っているというのではなくて、革らしさを感じられる素材がそうです。そうした革らしい革を使い、その魅力を 生かしているのがうちの特徴です。でも、うちで使っているような革は、他のメーカーなら『これは勘弁してくれ!』と言われるでしょうね。と いうのも、通常は加工しやすいように顔料を塗って表面の傷を目立た無くした革も多いですから。こうした革は、色落ちもしません。だから、傷 やシミを気にせず端からどんどん裁断できます。けれど、その表面はペンキを塗ったようにのっぺりとしていて、革らしさが感じられません。

極端にいえば、それが革なのか合成皮革なのか分からない。うちはそうした加工をしていない、キズやムラもあるけれど、経年変化が楽しめる、 素の状態に近い革らしい革を使っているんです。」

裁断士にとっては難しい革をうまくさばき、いくつものパーツをムダなく取っていく。それが秋田さんたちの仕事なのだ。

そんな秋田さんが束ねるボーデッサンの裁断部は秋田さんの他に現在4人。定年後、再雇用された人も多く、最高齢は82歳。裁断部のスタッフ は、秋田さんに驚かされることがあるという。

「記憶力がすごくいいんです。1週間前に裁ったこの製品のこのパーツがどうだったとか、全部覚えているんですよ。アドバイスしてくれる時も、 『あの時こうだったから、今回はこうした方がいい』と細かいところまで覚えていてくれるので、すごく助かっています。」

ボーデッサンの商品だけでも相当な種類があるが、ボーデッサンでは自社ブランドだけでなく、他社製品も手掛けている。日々膨大な製品の 見積書を手に革と向き合う中で、一つひとつを鮮明に覚えているのだ。職人として、部門長として責任感溢れる秋田さんは、ビジョンも明確だ。

「裁断部の長としてやらせてもらっているので、自分を追い越していくような部下を育てたいですね。そして、できる限り職人として現役でいたい と思います。」

裁断士の技術とともに、あふれんばかりの革への愛も次世代に引き継がれていくことだろう。